思う事。

 

病気になって思う事…色々ありますが。
その中でふと思った事を書き綴りたいと思います。

 

命ある限り… 2004/11/02

 

ふと思う時がある。
「いつまで私は生きる事が出来るんだろう?」と。
大袈裟に聞こえるかもしれないけれど、結構切実な問題だったりする。

私の自宅には猫がいて、私はこの子のおかぁさんな訳で、

私に万が一の事があると、この子にも迷惑が掛かる。
迷惑なレベルだったらまだ良い。
もしも私がこの世から消えてしまったら…この子はどうするんだろう?
そんな事を考えると、うかうか死ねない(笑)

ただ今の私はある意味「生き急いでいる」様に見えるらしい。
本人はそんなつもりはないのだけれど…何でだろう?

確かに慌ただしく忙しく生活しているかもしれないけれど。
ただ誰かに養って貰っている訳ではないので、どうしてもそう見えるんだろうなぁ。

再発さえしなければ平穏な人生が歩めるのかもしれないけれど、それだって解らない。
ただ今…出来る事をして生きたいと思うだけだったりする。

 

闘病生活 2004/11/17

 

乳がんになったと友人に話をした時、「大変だったね」と言われた。
まぁ楽ではなかったけれど、死ぬ程辛い訳でもなかった。
ただ今目の前にある現実を受け止めて、何をしなくてはいけないかって考えた位。
手術は楽ではなかったけれど、実際手術したのは医師であって私はただ寝ていただけ(苦笑)
そう考えると別に大変だったって気はあまりない。
強いて言えば術後の麻酔の臭いと味が嫌だっただけ。
その後のリハビリも決して楽ではなかったけれど痛みなんてモノは慣れるし、
気が付かない間に痛みなんて忘れてしまっている自分がいる。
所詮人の記憶なんてそんなモノです(苦笑)
闘病生活って言っても、特別何かをしている訳ではなく、
ただ左腕の機能が低下したのでそれを戻す事と、体力を取り戻す事だけに専念していた覚えがある。

…そう、大した事ではないのよね、実際。

後はお金の問題だけだったけれど、これも保険金があったから特に困った事もなかったし、
今普通に仕事が出来ているのだから、最低限生活は出来る。
同情される様な事は何一つない。
確かに誇れる様な事でもないけれど(笑)
片胸ないのがそんなに可哀想なのか?と思う時がある。
別に片方なくてもHは出来る(笑)
片方ない女が嫌と言う様なオトコはこっちから遠慮するし。
私の戦いの証を否定する様な奴は、私の方からお断り。

それ位の強さがないと到底戦えないのがガンなのだから。

「アナタの辛さ、解るわぁ」と言うのは止めて欲しい。
なった人に言われるのなら良いけれど、
なっていない人に何が解るの?と思うから。

同情は時として人を傷付ける。
それを知る事が出来たのは、私が病気になったからこそ。

病気になって、失ったモノもあるけれど、得たモノだってある。
そう考えるとまんざら乳がんになった事も悪い事ばかりじゃないと思う。

 

 

まさしく愚問。 2004/11/24

 

ある友達に聞かれた。
「乳がんだって解った時、どう思った?」
…正直それを聞いてどうするの?と思ったけれど、あえてきっちり答えた。

最初告知された時、特に悲観した覚えはない。
と言うよりも私は先生にこう尋ねた。
「私は何をすれば良いですか?」
そう、治す為に何をすれば良いのかが知りたかったから。
別になってしまった事を悲しんでも仕方ない。
ならば治す為に何をすれば良いのかが一番重要だった。
そして涙を流す事もこの時はなかった。
だって泣いて病気が治るならいくらでも泣くけれど、治らないなら泣くだけ無駄。
それならば前を向いて進むしか私にはないと思った。

その後治療方針なので色々戦いがあったけれど、最終的には全摘出手術を選択したのも自分。
勿論葛藤はあった。
胸を切り取るなんて死んでも嫌だった。
そんな事をする位ならそのまま綺麗な体で死にたいと思った。
馬鹿な事を言っていると思われても仕方ない。
でもそれ位嫌だった…
けれど友人達の言葉もあって、私は手術を受け、病気と闘う事を決意した。

その後はあっと言う間だった。
年が明けてから速効入院→手術→退院→自宅療養と進み、
気が付けば3月には職場復帰を果たしていた。
これは先生も驚いていたけれど(苦笑)
でもその間に再建手術断念などもあって、精神的にはかなり辛かった。
睡眠薬と安定剤がなければ眠る事すら出来ない時期もあったし、
精神的に不安定になって、引き籠もった時期もあった。
けれどその全てから救ってくれたのは友人であり、親や親類だった。

今闘病生活をしながら、昼夜生活をしているけれど、
これも自分が選んだ道であって、誰に引かれたレールでもない。
そりゃ辛くない訳ではないけれど、今とても充実しているから苦にならない。
唯一苦になるとしたら睡眠時間が少ない事位。
でも人間3時間眠れれば平気なんですよね(笑)

話が終わった後、友達に尋ねた。
「って言うかさ、何でそんな事聞くの?」
するとその子は答えた。
「いや、だってアンタ全然辛そうじゃないし。」
…そんな事言う奴だから周りに嫌われるんだよ…
と思ったのは言う間でもない。

 

 

検診受けようよ。 2005/01/26

 

ある程度の年齢になったら市や町や会社から検診を受ける様に連絡が来る。
でもちょっとまった。
それでは遅い可能性もあるって事を皆さんご存じだろうか?

最近は大分早い年齢から受ける事になったけれど、
その前だったら35歳位で受けていた訳で、下手をしたら間に合わない事だって多々あった。

そりゃ検診受けるのだって、
指定機関などで受けるのと自己責任で受けるのでは金額が全く違う。
それでも自分の命は自分でしか守れないのだから。
値段を惜しんで死んでしまったら、何も生まれない。

だからこそある程度若い内でも受ける事をホントにお勧めする。
出来るならば、25歳位で受けた方がいいと思うけれど。

嫌な言い方だけれど、「お金で買える健康だってある」って事を忘れないで欲しいと思う。

 

 

乳ガンと言う病気。

 

どうも世間ではあまり乳ガンと言う病気は認知されていない。
乳ガンと言う単語はみんな知ってはいるけれど、具体的な事はなにも知らない。
手術をしてって所までは知っていても、
その後のホルモン治療や放射線、そして抗ガン剤治療も知らない。
知らないからこそ言える事もあるのだろうけれど、ホントにどの治療を受けてもしんどいのは事実。
おまけに私の様に一番軽いホルモン治療を受けたって、体の不調は絶対にある。
生理がないから更年期症状は出るし、軽い鬱病になりかけた事だってある。
更にいつも浮腫との恐怖も伴うから、生活をしていても行動に制限は出て来る。

しかし。
その全てを誰かに切々と語る事が出来るか?
いや、出来ない。
出来ないと言うよりも、正直面倒な部分もある。
知人や友人に話す事は出来るけれど、どこまで話して良いのか凄く迷う。
だって興味ないでしょ?そこまで(苦笑)
と心のどこかで思う自分がいたりする。

身内には一応一通りの説明はした。
けれどそれでもどこまで伝わっているかは不明。
彼氏にも話をしたけれど、多分全体から見たら2割程度。
…おいおい(苦笑)
でもそれが現実。
芸能人の方が病気になるとここぞとばかりにメディアが取り上げてくれるから楽だけれど、
それでも理解して貰うまでには時間が掛かる。

このタイムラグをどうやって埋めれば良いのか?

そう、これがこれからの目標になるのだと思う。

 

再発に対して思う事。 2006/10/24

 

当然ながら、まだ再発していると決まった訳ではありませんが…(苦笑)
ただそうなっていたとしても、あまり私自身は後悔はない。
自分が好き勝手に生きていて、好きな仕事をして、好きに遊んで…
ある程度自分がチョイスした生活を行えた訳だから、
これを後悔と言う単語で片付けてしまうと、結構空しかったりする。

無論悲しませる相手が沢山いる事は分かっている。
心から悲しむ人もいるだろうし、それなりに悲しむ人…
ただ単に同情で悲しむ人もいれば、義理で悲しむ人…
そう言う人達がいる事も分かっている。

けれど、じゃあ再発しない為に自分の生活や環境を変える事が出来るか?
と尋ねられると、恐らく私の答えは「No!」だろう。

「太く短く」が私の人生のモットーであり、「自己責任」で生きていたいと言うもの事実。
そして何よりも、「悔いのない人生を歩みたい。」
と思っているのも今の生活を変える事が出来ない要因であろう。

まだまだやりたい事は沢山ある。
まだまだ学びたい事も沢山ある。
まだまだ読みたい本も沢山ある。
まだまだ…人を愛し続けたいとも思う。

だからこそ、きっと私は今の生活を変える事は出来ないだろう。